南米に来て一つの場所にずっといろって事は、目の前のご飯を食べるなって言われてることだ。とゆうことで南極求めちゃいました。
私は、南極行きの船を求めてチリ最南端の町プンタアレーナスに着ている。 その理由は、海軍の船に乗せてもらう作戦だ。
この町について一番に海軍のオフィスを訪ねた だが門前払い。スパニッシュしかしゃべれない彼にあたしは、モンキーになり説明して何とか彼のボスに電話させた。しかし答えは、ノーだ。これが一日目。 ホステルに戻るとオーナが無理だとあたしに言う。昔は、乗せていたけどトラブルが多くて今は、無理だ。とすごく非協力的。まー最初から行けたらラッキーぐらいの気持ちだったし。
すぐあきらめてウシュアイア(世界最南端の町アルゼンチン)行きのバスチケットを買った。でも次の日は、いっぱいであたしの出発は、明後日になった。 次の日は、もちろん暇だ。何もすることが無い町。公園で絵葉書を書いてた。すると隣に座ってたおじさんが話しかけてきた。英語を話せるというが全然だ。話しももたないしあたしは、ガイドブックを取り出してここに行きたいんだと南極のページを見せた。 そしたらおじさんが 安くいける方法があるという。それは何処で買えるの?と聞くと何を言っているかまったくわからない。 連れていってくれとあたしは、またモンキーになる。 そして連れて行かれた場所は、海軍のオフィス。だからおじさんに交渉してくれと頼むと、すんなり海軍は、明日8:30に来いという。?????????????? そのあとおじさんは、明日手続きが終わったらここにお金を払いに行って当日は、ここで乗るんだよとすべての場所に連れて行ってくれた。
そしてあたしは、悩む。。。行けるか行けないか解らない南極の為にチケットを捨ててここに残るか。さらにあたしには、時間が無い。 でも後悔したくない。この日の夜ホステルに泊まっているニュージーランド人に最低限のスパニッシュを習う。これが二日目。
そして三日目、すべての荷物をまとめ海軍事務所へ。しかし一日目と変わらず。しかし粘っていると敵ボスの一個手前のキャラが出てきた。ラッキーなことに彼は、英語がしゃべれた。でも彼には、決定権が無い。彼は、ボスに聞くから12時に電話してこいという。 そして12時電話したがノーだ。そんなの解りましたなんていえない。だからあたしは、ボスと直接話したいから事務所へ行くといった。彼は、じゃあ14:00においでといった。
14:00に行くとボスは、出かけていた。そしてあたしの世話役彼の名前は、モラリス。モラリスは、不可能だとあたしに告げる。口論が続き、彼は、仕事する人しかいけないとか、部屋が無いとかあたしを納得させようとする。だからあたしは、仕事もするし、廊下で寝る。って言った。 でも最終的に無理だなってわかった瞬間涙が止まらなかった。別に泣き落とそうなんて思ってない。だって絶対に無理ってわかったから。でも泣いたらすっきりしてあきらめもついたし、後悔もない。 モラリスは、すごくいい奴だったし、満足だ。
そしてまたバスチケットを買いに行った。また明日には、出れず明後日だ。 とゆうことは、明日またフリーだ。
そして二日目からホステルの外人たちに今日は、どうだった?っと聞かれるのが日課になっていた。そして行く前は、頑張れと言われる。なぜって一日に何回も行ってるからだ。
でもオーナーは、やっぱり非協力的。しかしあたしの姿を見ていたオーナーは、三日目から突然あきらめるな何十回も行け。絶対に行けるからっていいだした。すごく協力的だ。
四日目のあたしは、もうあきらめていたけど周りが今日も行けといってくれるから今日も海軍オフィスへと足を運ぶ。 出発は、明日だ。海軍は、基本的に予定を教えてくれない。予定を聞いただけでもすごい進歩だ。 海軍オフィスも顔パスだ。みんなあたしが行くと笑う。そしてやさしく出迎えてくれる。 四日目は、出発前日だからモラリスは、オフィスに居なかった。10時、11時、14時。三回行くが帰ってこない。
21時に帰ってくると聞き、21時最後のトライ。 彼は、居なかった。しかし一人の海軍が自分の携帯をだし電話してくれた。多分船に行っている人に電話をするのは、あまりいいことではないらしい。しかし電話してくれた。 そしてモラリスト話すがやっぱりノーだ。彼は、明日ご飯を食べに行こうと言ってくれたが明日は、旅立つと言った。彼は、かなり悲しそうだった。そして行かせてあげられないことをかなり悔やんでいた。 そして電話も終わり海軍ともさよならの時間が。。するとまた遊びにおいで。と優しい言葉にまた涙してしまったあたし。それをみた海軍も目に涙を溜めあたしをはぐしてくれた。
きっとあたしとかかわったすべての海軍があたしが南極に行ける様に願っていてくれたと思う。
そしてホステルのみんな、オーナー、海軍達。みんなあたしを応援してくれた。そしてあたしの熱意は、少なからずみんなに伝わっていたと思う。それだけであたしは、何一つ後悔なんてない。 この町で過ごした5日間は、最高の思い出だ。 4日間の間に海軍オフィスに行った回数は、18回。一生忘れない。 一生懸命な気持ちは、伝わる。そして言葉を越える。その勉強をした町だった。 一生懸命になるって楽しいわ。最後にありがとうと叫びたい。
2009年1月16日金曜日
in chile
次に向かったのは、チリだ。なぜいきなり?って感じでしょ。なぜなら2年前オーストラリアで出会った友達に会いに行くからだ。今は、ベストシーズンらしくその言葉に乗って飛行機に乗った。
はい。長いフライトを経て今チリです。さすがに飛行機を嫌いになりそうです。 今回チリでは、二年ぶりの再会を果たしのですが(オーストリアのときの親友) 意外と普通の扱いである意味ビックリ。 まーあたしも久しぶりの感じは、しなかったけど。。彼女ジャーナリストだから結構忙しくて着いた早々その子の友達に預けられたあたし。 でもこっちでは、親友は、家族と一緒らしくてまーあたしも家族っていう扱いらしい。まーそれは、それでうれしいか。
それにしてもチリアンは、最高だわ。彼女のシェアーメイは、あたしに会った瞬間
ここは、あなたの家よ。
最初の言葉がそれだったね。それもあたしは、一人で家に居たからもちろん初対面は、二人きり。。ちょっと照れたな。
次の日は、一人で観光にいったんだけど久しぶりに海外にきたーって感じだったの。 なぜって一切英語が通じない。異国に来たって感じでちょーテンション上がりまくり。・ 10時間も町を探検しまくったよ。 でもチリ人は、やさしい。あたしが英語で話しかけるとスパニッシュで永遠にあたしに話かける。永遠に平行線。でも止まらない。うける。
さらに何が一番すごいかって、町のバックにアンデス山脈がある。すごく素敵なロケーションだ。冬になると雪がかぶりもっと素敵らしい・ そう今ここ夏+35度。しにそう。だって今まで-35度だったんだよ。 ありえないよ。 それにしても小学校のときもしくは、中学校か。アンデス山脈は、どこかって勉強したけどそんなの覚えられるわけがない。 今はじめて実物をみて、一生忘れない勉強だ。あたしは、一生忘れないね。 はっきりいって見たことも無い場所を覚えろってなんかつまらないよね。 だからあたしは、29歳にしてアンデス山脈がどのように聳え立つかを知る。
今日は、すごいサプライズが会って7年ぶりの再会を果たした。 7年前あたしは、カナダに行った。そのとき、一人のチリボーイに出会った。 彼は、まったく英語を理解できない私に永遠に話しかけてくれた唯一の人。 そして7年前最後に彼に書かれた言葉は、
頼むから俺の言葉を理解してくれ。
とまで書かれた7年前。 そして7年ぶりに再会した。 彼は、あたしに7年前の気持ちを伝えてくれた。あの時彼と分かり合える日が来るなんて思っても見なかった。 そして7年前彼が何を思っていたかを聞けてちょっと面白かった。 彼もあたしと話が出来るなんて信じられないと不思議がっていた。 とても素敵なことだと思う。タイムカプセルのようだ。 でも彼と話しているとそこは、危ないから行くなとか、ペルー、ブラジル、ボリビアは、まじで辞めとけととにかくうるさい。 なんか不安になるじゃんね。そんなに言われたら。 まーでもあたしの旅は、これからだからね。 とにかく電車も乗りこなせるようになったし、これからが楽しみ時だなー。
そうそうあたしが始めて電車に乗ったときみんなあたしを見てたんだけどチリって日本人が珍しいのかな? なんだか外人になった気分だ。
はい。長いフライトを経て今チリです。さすがに飛行機を嫌いになりそうです。 今回チリでは、二年ぶりの再会を果たしのですが(オーストリアのときの親友) 意外と普通の扱いである意味ビックリ。 まーあたしも久しぶりの感じは、しなかったけど。。彼女ジャーナリストだから結構忙しくて着いた早々その子の友達に預けられたあたし。 でもこっちでは、親友は、家族と一緒らしくてまーあたしも家族っていう扱いらしい。まーそれは、それでうれしいか。
それにしてもチリアンは、最高だわ。彼女のシェアーメイは、あたしに会った瞬間
ここは、あなたの家よ。
最初の言葉がそれだったね。それもあたしは、一人で家に居たからもちろん初対面は、二人きり。。ちょっと照れたな。
次の日は、一人で観光にいったんだけど久しぶりに海外にきたーって感じだったの。 なぜって一切英語が通じない。異国に来たって感じでちょーテンション上がりまくり。・ 10時間も町を探検しまくったよ。 でもチリ人は、やさしい。あたしが英語で話しかけるとスパニッシュで永遠にあたしに話かける。永遠に平行線。でも止まらない。うける。
さらに何が一番すごいかって、町のバックにアンデス山脈がある。すごく素敵なロケーションだ。冬になると雪がかぶりもっと素敵らしい・ そう今ここ夏+35度。しにそう。だって今まで-35度だったんだよ。 ありえないよ。 それにしても小学校のときもしくは、中学校か。アンデス山脈は、どこかって勉強したけどそんなの覚えられるわけがない。 今はじめて実物をみて、一生忘れない勉強だ。あたしは、一生忘れないね。 はっきりいって見たことも無い場所を覚えろってなんかつまらないよね。 だからあたしは、29歳にしてアンデス山脈がどのように聳え立つかを知る。
今日は、すごいサプライズが会って7年ぶりの再会を果たした。 7年前あたしは、カナダに行った。そのとき、一人のチリボーイに出会った。 彼は、まったく英語を理解できない私に永遠に話しかけてくれた唯一の人。 そして7年前最後に彼に書かれた言葉は、
頼むから俺の言葉を理解してくれ。
とまで書かれた7年前。 そして7年ぶりに再会した。 彼は、あたしに7年前の気持ちを伝えてくれた。あの時彼と分かり合える日が来るなんて思っても見なかった。 そして7年前彼が何を思っていたかを聞けてちょっと面白かった。 彼もあたしと話が出来るなんて信じられないと不思議がっていた。 とても素敵なことだと思う。タイムカプセルのようだ。 でも彼と話しているとそこは、危ないから行くなとか、ペルー、ブラジル、ボリビアは、まじで辞めとけととにかくうるさい。 なんか不安になるじゃんね。そんなに言われたら。 まーでもあたしの旅は、これからだからね。 とにかく電車も乗りこなせるようになったし、これからが楽しみ時だなー。
そうそうあたしが始めて電車に乗ったときみんなあたしを見てたんだけどチリって日本人が珍しいのかな? なんだか外人になった気分だ。
in Las Vegas
えーわたくしカナダを出てラスベガスへ向かいました。なぜって地元の先輩と合流するため。今回のメイン目的は、シルクドソレイユのKAを観るため。
特に今までショーやミュージカルなどインドア的な遊びは、苦手で。。
しかし今回は、先輩の熱弁にとてつもなくKAを観たくなり勢いで行ってしまいました。ラスベガスに行って解ったことは、あの熱弁は、洗脳だったらしい。しっかり洗脳されました。
しかしベガスへ着いたらビックリ2日間夢の世界。素敵なスケジュールを組んでくれてました。
一日目は、ズーマニティーを観ました。これは、とても面白いショーでした。そして夜は、カナダINのあたしを気遣っての和食。やさしさを感じます。
そして二日目は、朝からホテルのビュッフェ。おいしすぎて興奮してあまり食べれなかった。その後は、町を案内してくれて夜は、ななななんああああななんとSTRATOSPHERE TOWER での食事。ビックリしました。もうそのロケーションだけでおなかいっぱい。彼氏にもそんなところ連れて行ってもらったことないのに。。。
どう考えても二人のデートの邪魔をしてるあたし。。。。。
そしてその後は、今回のメインKAを。開始早々すごいすごいと心の中で唱えるあたし。本当に迫力もあって本当にすごいの。言葉に出来ないすごさ??
ショーは、あっとゆうまに終わったって感じ。
そのショーには、日本人女性の高橋典子さんが出てるんだけどその人は、すげーーーーーーーーー魅力的で目が離せない。彼女は、バトンを使った演技を見せてくれる。その演技は、滑らか?いやそんな言葉じゃ片付かない。とにかく引き寄せられるような吸い込まれるような?言葉が見つからない。とにかくショーを観て涙するのは、人生はじめて。
日本人女性があの大きい舞台でアレだけの活躍をしているのを観ると日本人ってすごいってすごくうれしくなる。
さらに本当に魅力的でひきつけられる。キラキラしていて。とにかくあたしの憧れの人第一位に君臨しました。
負けてられません。あたしも高橋典子さんの様な魅力的な人になれるように日々精進します。とこの夜誓いました。
ラスベガスは、6日間居たんだけど最後の日はダウンタウンを探索したの。
危ないって聞いてたけどそうでもなさそうだったから10時ぐらいまで居たんだ。
まーそろそろ帰ろうかとバス停に行ったんだけど、バス停で変な叔父さんに
「どこいくの?」 って聞かれてしかとしたんだ。
けど彼は、
「君の乗るバスは、ここじゃないんじゃない?ストリップに行くなら向こうのバスだよ。」
あたしは、恥ずかしくて顔をあげられなかったよ。
夜も遅かったしもしおじさんが居なかったらローカルのおうち方面へ間違いなく行ってた。でもダウンタウンは、危ないって言う周りの発言で警戒してしまう。
すごく申し訳ない事をしたと思う。あたしは、悲しくて泣きながらバス停を移動。
この問題は、永遠のテーマだ。誰を信じて誰を疑えば?私は、みんなを信じ仲良くなりたい。
悪人は、心の罪人だ。だって世界中の人々が友人になることを邪魔してる。
私は、世界中の人と友人になりたい。
悲しい最終日になってしまった。
特に今までショーやミュージカルなどインドア的な遊びは、苦手で。。
しかし今回は、先輩の熱弁にとてつもなくKAを観たくなり勢いで行ってしまいました。ラスベガスに行って解ったことは、あの熱弁は、洗脳だったらしい。しっかり洗脳されました。
しかしベガスへ着いたらビックリ2日間夢の世界。素敵なスケジュールを組んでくれてました。
一日目は、ズーマニティーを観ました。これは、とても面白いショーでした。そして夜は、カナダINのあたしを気遣っての和食。やさしさを感じます。
そして二日目は、朝からホテルのビュッフェ。おいしすぎて興奮してあまり食べれなかった。その後は、町を案内してくれて夜は、ななななんああああななんとSTRATOSPHERE TOWER での食事。ビックリしました。もうそのロケーションだけでおなかいっぱい。彼氏にもそんなところ連れて行ってもらったことないのに。。。
どう考えても二人のデートの邪魔をしてるあたし。。。。。
そしてその後は、今回のメインKAを。開始早々すごいすごいと心の中で唱えるあたし。本当に迫力もあって本当にすごいの。言葉に出来ないすごさ??
ショーは、あっとゆうまに終わったって感じ。
そのショーには、日本人女性の高橋典子さんが出てるんだけどその人は、すげーーーーーーーーー魅力的で目が離せない。彼女は、バトンを使った演技を見せてくれる。その演技は、滑らか?いやそんな言葉じゃ片付かない。とにかく引き寄せられるような吸い込まれるような?言葉が見つからない。とにかくショーを観て涙するのは、人生はじめて。
日本人女性があの大きい舞台でアレだけの活躍をしているのを観ると日本人ってすごいってすごくうれしくなる。
さらに本当に魅力的でひきつけられる。キラキラしていて。とにかくあたしの憧れの人第一位に君臨しました。
負けてられません。あたしも高橋典子さんの様な魅力的な人になれるように日々精進します。とこの夜誓いました。
ラスベガスは、6日間居たんだけど最後の日はダウンタウンを探索したの。
危ないって聞いてたけどそうでもなさそうだったから10時ぐらいまで居たんだ。
まーそろそろ帰ろうかとバス停に行ったんだけど、バス停で変な叔父さんに
「どこいくの?」 って聞かれてしかとしたんだ。
けど彼は、
「君の乗るバスは、ここじゃないんじゃない?ストリップに行くなら向こうのバスだよ。」
あたしは、恥ずかしくて顔をあげられなかったよ。
夜も遅かったしもしおじさんが居なかったらローカルのおうち方面へ間違いなく行ってた。でもダウンタウンは、危ないって言う周りの発言で警戒してしまう。
すごく申し訳ない事をしたと思う。あたしは、悲しくて泣きながらバス停を移動。
この問題は、永遠のテーマだ。誰を信じて誰を疑えば?私は、みんなを信じ仲良くなりたい。
悪人は、心の罪人だ。だって世界中の人々が友人になることを邪魔してる。
私は、世界中の人と友人になりたい。
悲しい最終日になってしまった。
2009年1月14日水曜日
世界一周スタート
私は、2008年9月11日念願の世界一周の旅に出発した。当然世界遺産も見たいし、色んな国へ行きたい。でも今回は、それよりも世界中の国の人と心を交し合いたい。それと自然を体で感じてみたい。(一体化)そんな旅を求めて旅に出た。
私の第一目的地は、カナダのカルガリーだ。28歳ということもあり最後のワーキングホリデービザを取得して出発した。
カナダ滞在は、三ヶ月半。目標は、C$7.000を貯めそして英語になれること。
はじめの一週間は、バンフ、ジャスパーへ旅行に。7年前似た様なコースで旅行をしたことがある。
でも7年ぶりに訪れたバンフは、7年前に感じたもととは、全然違った。とても面白いことだと思う。
きっと少なからず成長したのだろう。
そこから現実に戻り仕事探しへ。仕事を探し始めて二日目私の住んでるアパートのエレベーターでアルベニア人と出会う。
「何をしてるの?カナダで」という突然の質問に
「あたし仕事探してるの」
というと彼が雇ってくれることに。。。仕事は、ペンキ屋さん。
なんだか面白そうだし日当100ドルくれるって言うし次の日の朝仕事に行きました。
仕事は、すごく楽で楽しい。ただ雇い主と波長があわず。。。
さらに彼の予想では、日本人は、黙ってよく働くという考えがあった。
でもあたしは、そんな感じではない。よく働くが早く帰りたい。そんな考えの不一致で3日間で首になる。
そこからまた仕事探し。そんな時メキシコレストランの窓にハイヤリングの文字。
飛び込んだ所OK。時給12ドル+チップ。さらに予想外のカナダ人だらけ。さらにお店は、相当大きいい。
ここからがあたしのカナダ生活の絶好調期。仕事は、すごく楽。そして朝からみんなお酒を飲んで仕事をしている。
さらにあたしのボス(カナディアン22歳。)外人にチョー優しい。大体店であたしが一番年上。
ちょっとショックだったな。
はじめは、カナディアンの英語が理解できず、彼らもあたしのジャパニーズ英語を理解できず。。。。。
でも三ヶ月たった今とてもいい関係を築いた。
彼は、はじめは理解できなかったあたしの英語を理解し、他の人に通訳してくれる。
まー通訳って言っても英語を英語で通訳してる。(笑)
それからいつも一緒に働いていたカナダの女の子(22歳)彼女も同様だ。
彼女は、日本の女の子をビッチだと言う。まーそれは、何処の国へ言っても言われることだからなんとも思わなかったがそれを越えて仲良くなれたことがとてもうれしかった。
きっと日本人は、そうゆう人ばかりでは無いと解ってもらえたと思う。
別れのときには、
「私のこと忘れないでね」と書いた手紙にe-mailアドレスが書いてあった。
たった三ヵ月半でここまでの関係になれたことを心からうれしく思う。
このとき一つ目標を作った。すべての国でまた戻ってこれる場所を作ろう。それだけの関係を築ける人になろうと思った。
カナダを去るときは、ひたすら電車、バスの中で涙が止まらず変な気分だった。
でも最初に作った目標7000ドルを稼ぎカナダを出ることを出来た自分をほめてあげたい。
私の第一目的地は、カナダのカルガリーだ。28歳ということもあり最後のワーキングホリデービザを取得して出発した。
カナダ滞在は、三ヶ月半。目標は、C$7.000を貯めそして英語になれること。
はじめの一週間は、バンフ、ジャスパーへ旅行に。7年前似た様なコースで旅行をしたことがある。
でも7年ぶりに訪れたバンフは、7年前に感じたもととは、全然違った。とても面白いことだと思う。
きっと少なからず成長したのだろう。
そこから現実に戻り仕事探しへ。仕事を探し始めて二日目私の住んでるアパートのエレベーターでアルベニア人と出会う。
「何をしてるの?カナダで」という突然の質問に
「あたし仕事探してるの」
というと彼が雇ってくれることに。。。仕事は、ペンキ屋さん。
なんだか面白そうだし日当100ドルくれるって言うし次の日の朝仕事に行きました。
仕事は、すごく楽で楽しい。ただ雇い主と波長があわず。。。
さらに彼の予想では、日本人は、黙ってよく働くという考えがあった。
でもあたしは、そんな感じではない。よく働くが早く帰りたい。そんな考えの不一致で3日間で首になる。
そこからまた仕事探し。そんな時メキシコレストランの窓にハイヤリングの文字。
飛び込んだ所OK。時給12ドル+チップ。さらに予想外のカナダ人だらけ。さらにお店は、相当大きいい。
ここからがあたしのカナダ生活の絶好調期。仕事は、すごく楽。そして朝からみんなお酒を飲んで仕事をしている。
さらにあたしのボス(カナディアン22歳。)外人にチョー優しい。大体店であたしが一番年上。
ちょっとショックだったな。
はじめは、カナディアンの英語が理解できず、彼らもあたしのジャパニーズ英語を理解できず。。。。。
でも三ヶ月たった今とてもいい関係を築いた。
彼は、はじめは理解できなかったあたしの英語を理解し、他の人に通訳してくれる。
まー通訳って言っても英語を英語で通訳してる。(笑)
それからいつも一緒に働いていたカナダの女の子(22歳)彼女も同様だ。
彼女は、日本の女の子をビッチだと言う。まーそれは、何処の国へ言っても言われることだからなんとも思わなかったがそれを越えて仲良くなれたことがとてもうれしかった。
きっと日本人は、そうゆう人ばかりでは無いと解ってもらえたと思う。
別れのときには、
「私のこと忘れないでね」と書いた手紙にe-mailアドレスが書いてあった。
たった三ヵ月半でここまでの関係になれたことを心からうれしく思う。
このとき一つ目標を作った。すべての国でまた戻ってこれる場所を作ろう。それだけの関係を築ける人になろうと思った。
カナダを去るときは、ひたすら電車、バスの中で涙が止まらず変な気分だった。
でも最初に作った目標7000ドルを稼ぎカナダを出ることを出来た自分をほめてあげたい。
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